平成二年三月、日本経済に大きな傷跡を残す政策が決定された。橋本龍太郎蔵相下の大蔵省による総量規制がそれだ。正式には「不動産向け融資総量規制」と呼ばれるこの政策は、頂点に達していた平成バブルを崩壊に導く引き金となった。バブル経済とひと口にいっても経済学者によって諸説あるのだが、不動産業界に身を置いていたO氏の見方では、昭和六十二年のブラックマンデーをもっていったん終息した第一次バブルと、昭和六十三年から平成三年初頭までにわたって続いた第二次バブルに分かれるという。
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いずれにしても、このバブル経済こそが今日にまで日本経済を混乱させるもととなった異常現象であったことだけは間違いない。そもそもバブル経済とは何か。簡単にいえば実体経済(製造・販売など通常の経済行為)を遥かに上まわる金融資産・土地資産の拡大だ。公定歩合二・五%という史上最低水準が二年以上も続いたため、財テクの名のもと、株、土地投機に資金が大量流入したのだ。ちょっと固い話になるが、ここでバブル経済のおさらいをしておこう。バブル経済が生じた最大の原因は、プラザ合意で起きた「円高不況」とその対策の誤りにあった。日銀は史上最低の公定歩合――低金利政策による景気浮揚を図り、政府は内需拡大、民間投資促進型の経済政策を実行した。これは結果として大企業の銀行離れを起こした。これまで銀行から資金調達を行なってきた大企業は、引き下げられた金利分で借入れを返済し、活況を呈してきた証券市場からこぞって低利の資金を調達するようになったからだ(エクイティ・ファイナンス)。
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