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異色の結婚マニュアル

異色の結婚マニュアルが、甫守謹吾『結婚の志をり』(一九二七年)だ。これは文部省の外郭団体「生活改善同盟会」の肝いりで出版された本で、緒言からして〈国家の健全なる進歩発達は、家庭の健全なる進歩発達に因ることは云ふまでもない事で、言葉を換へて云へば家庭は即ち国家の基礎でございます〉と、やたらと居丈高である。一九二〇(大正九)年に発足した生活改善同盟会は、新しい家族のあり方を国民に教育するための、国家的な啓蒙活動機関だった。結婚費用は年収の三割程度にしておけ、結婚式を料理店でやるな、結婚式の当日に婚姻届を出せ、新婦の色直しをやめろ、といったお節介にまじって、この本は結婚のなんたるかを明言している。〈子女たる者一度他家に縁づいた後は、全く其の家庭の人となったと云ふ事を一日片時も忘れてはなりません〉〈男子も女子も結婚して一度他人の家庭の人となった以上、それよりは自我を全く殺して、先方の家憲・家風に従ふ事が第一要義でございます〉現代の国家の方針がいちおう憲法第二四条に基づく男女平等であるとすれば、当時のそれは、「家制度」の保持と性別役割分業だった。考えてみれば、「男は外で働き、女は家を守る」という夫婦の役割分業も、一夫一婦制を前提にした発想ではある。

「虻と手斧」の話

「虻と手斧」の話もある。生まれた子がウブガミから運命を予言される。それは刃物で命を失うというものである。その子は成長して大工となるが、思いがけないところで虻が飛んできたために持っていた手斧をふりまわし、あやまって命を失ってしまうのである。この場合、大工職になって、旅にでた若者が不慮の事故にあう運命が予言されている。その年齢は十三歳、十五歳、十八歳、二十歳、二十五歳などがあげられている。生まれた子が成長し、一人前になって仕事が充実しはしめたときに不慮の災難にあう。そういうことが経験談として前提にあり、ウブガミの予言により、何とか危険を避けるようにと語られたのだろう。『今昔物語集』巻二十六には、旅人がたまたまある村で出産に出会う。そして生まれた子が八歳で死ぬという予言を聞く。やがて九年後ふたたび同じ家を訪れると、その予言どおり、男の子は木から落ちた拍子に持っていた鎌が頭にささり死んでしまったことを知ったという。これらの話はウブガミが、生まれた赤子のいのちをほぼ成人に達する頃まで支配していることを潜在的に示しているのである。

ほんの少しの手間を惜しまないこと

ある脳科学者が「人間はコスト(手間)がかかっていると脳が感じたものを真剣に受け止め、手間のかかってないものは本気で扱わない」という話をしていたが、これは私自身にも経験がある。あるとき仕事の依頼をメールで受け、スケジュールなどの都合でこちらもメールでお断りしようとしていたところ、すぐにその担当者から自筆の手紙が届き、「よろしければ一度ごあいさつに」とていねいに綴られていた。直接会ってぜひお願いしたい、という気持ちが文面から伝わり、少々無理をしてでもと思い直し、結局依頼を引き受けたのだ。ビジネスの基本は「対面」で、電話やメールはその代替手段。メールよりは電話、電話より手紙、そして何よりも会って話すことで、熱意や積極的な気持ちが伝わる。それは、相手に対しての手間度に比例しているのだ。印刷されただけの年賀はがきはチラッとしか見ず、手書きのものはじっくり読んでしまうのもその好例。相手に気持ちを伝えたいなら、ほんの少しの手間を惜しまないことだ。